谷川真理さんは最強市民ランナー!OLから世界トップクラスへ

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クラークカエル

(この記事は2019年7月25日に更新されました。)

「谷川真理さんの経歴を知りたい」
「谷川真理さんのベストタイムを知りたい」

この記事はそんな方に向けて作成しました。

谷川真理さんが長距離を走り始めたのは24歳

OLとして働いて4年が経った24歳の春、皇居で楽しそうに走る人たちを見たことが谷川真理さんが走り始めたきっかけでした。

中学と高校で中距離をやっていたものの長距離は完全に未経験。市民ランナーとして昼休みに皇居を走るところからランナーとしてのキャリアがスタートしています。この時、谷川真理さんはすでに24歳。しかし、ここから破竹の快進撃が始まるのです。

OL時代は昼休みに皇居を2周!

昼休みに皇居ランを楽しむ…といってもそこはやはり谷川真理さん。1時間足らずの昼休みに、1周5㎞の皇居を2周走っていたとのこと。当時はハイスピードで走る女性ランナーは珍しく、負けじと追いかけてくる男性ランナーが多数いたみたい。彼らを振り切ることがモチベーションにつながったようです。

走り始めて5年で世界のトップクラスに

24歳で走り始めた谷川さんはどんどんタイムを縮めていきます。市民ランナーとして注目を集め、1990年には資生堂に入社。実業団ランナーとしての生活をスタートさせました。

そして1991年、29歳の時に迎えた東京国際女子マラソンではマラソン初優勝を果たします。この時レース終盤で逆転した、ロシアのワレンティナ・エゴロワ選手は1992年のバルセロナオリンピック女子マラソン金メダリスト。皇居をなんとなく走り始めてから5年で、世界のトップクラスに肩を並べたのです。

引退ではなく、また市民ランナーへ

その後、フルマラソンの自己ベストを2時間27分55秒まで伸ばし、実力を高め続けた谷川真理さん。オリンピック出場を目指すも、残念ながらそれは叶いませんでした。

アスリートとしてしのぎを削る段階は終えたものの今でも現役。引き際を考えた時に、市民ランナー出身だから、引退ではなく市民ランナーに戻ればよいと思ったそうです。

 

 

 

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