たんこぶできたら大丈夫?木に頭ぶつけてクラクラと

目力カエル

「頭ぶつける新鮮さ」
「たんこぶできても大丈夫じゃない」

この記事ではそんなことをつらつらと書いてみました。

頭をぶつけたのはいつぶりだろうか

南高尾はトレイルランを始めてから100回以上走ったであろうコース。「目をつぶっても走れるよ」くらいに思っていたけど、もちろんそんなことはない。

いつも通りの帰り道、草戸峠から四辻に向かって走っていた。いつもよりぼーっとしていた。ふわふわしていた。気づいたら、地面に転がっていた。転がると同時に、ガツンという音を脳が認識。痛みがくる前に、クラクラして地面に這いつくばった。テーブルに足の小指をぶつけた時と同様に、数秒後にくるであろう激痛に身構える。ほらきた、むっ、頭をぶつけるとこんなに痛かっただろうか?ひさしぶりだから、どんな痛みか忘れていた。

昔からよく頭をぶつけた。なんの変哲もない入り口に頭を攻められたことが何度あっただろうか。それが、30を超えてからはほとんどなかったみたいだ。だからこそ、山での予期せぬヘッドバットによる痛みは鮮烈だったし、ちょっと落ち込み気味だった気分もなぜか晴れた。コロナによって変化が少なくなっている日常に、瞬間的な変化が訪れたことが嬉しかったのかもしれない。

歩いて帰ってから頭をさわるとたんこぶがあった。ぽっこり腫れているだろうと嬉々として触ったが小さい。ほとんどわからないくらいだ。

「せっかく頭をぶつけたんだから、でっかいたんこぶができてほしい」

そう思った。僕の思考の根っこは小学生の時から何も変わらない。たまに転んでかさぶたができると、ベリベリはがして悪化させるクセもいまだ健在だ。

ぶつけてから4日経つが、1日に何度も頭をさわっている。そして、もうわからないくらいにたんこぶは小さくなっていて、明日には消えているだろう。少しだけ寂しい。

「たんこぶできれば大丈夫」という迷信

頭をぶつけた時に、「たんこぶできれば大丈夫」と言われたことのある人は30代より上だろうか。

子どもの頃に刷り込まれた情報とは恐ろしいもので、今回も「たんこぶができたから大丈夫だろう」と思っていた。しかし調べてみると医学的な根拠は全くないそうだ。むしろ、たんこぶができるくらい強い衝撃があったと医師は考えるとのこと。つまり、僕が長く信じてきた情報は迷信だった。

ハチに刺されたらおしっこをかけろだとか、転んだらツバつけとけば治るだとか、二日酔いには柑橘類が効くだとかいろんな話を聞いてきたが(そしていまだに信じてもいるが)、その多くは違うのかもしれない。でも、いちいち調べて正確さを求めるよりも、何となく大丈夫だろうという程度のテキトーさで人生に立ち向かった方がトータルでは楽しそうだ。

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