瀬古利彦VSジュマ・イカンガー。1983年福岡国際での激闘を紹介

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侍カエル

(この記事は2019年7月21日に更新されました。)

ラスト100mのスパート力に驚愕。

「瀬古利彦選手の現役時代の走りを知りたい」

この記事はそんな方に向けて作成しました。

豪華メンバーが揃った1983年の福岡国際マラソン

ロサンゼルス五輪の代表選考会でもあった1983年の福岡国際マラソンには有力選手がこぞって出場。

当時世界記録保持者だったアメリカのサラザール、オリンピック2連覇の東ドイツのチェルピンスキー、タンザニアの新星ジュマ・イカンガーが出場し大きな話題を呼びました。日本からも瀬古利彦、宗兄弟、喜多秀喜らが出場し国民が注目したレースです。

ラスト100mまでもつれるレース展開

レースは終始イカンガーが引っ張る展開。35㎞地点ではイカンガー、サラザール、瀬古、宗兄弟、伊藤国光が6人で集団を形成。

39㎞でのイカンガー選手のしかけによって集団は解体し、対応できた瀬古選手とイカンガー選手の一騎打ちに。イカンガー選手はラスト2.195㎞を6分20秒台で走っており強烈なスパートだったが、瀬古選手は淡々と後ろにつきトラックに入っていきます。

瀬古選手の驚異的ラストスパート

イカンガー選手とのトラック勝負になっても瀬古選手は慌てません。

ラスト100mで一気にスパート。ギアを上げた瞬間にイカンガー選手を置き去りにしました。そのスピードはさながら短距離走。中距離出身で、ラストスパートに圧倒的な強みを持っていた瀬古選手の持ち味がいかんなく発揮されたレースが1983年の福岡国際マラソンだったのです。

タイムも2時間8分38秒で、日本人初の2時間8分台でした。

 

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