瀬古利彦VSジュマ・イカンガー。1983年福岡国際での激闘。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
侍カエル

瀬古利彦選手の驚異的スパート力に国民が驚愕したレース。

イカンガー選手と42.095km地点までもつれたレースの行方は。

豪華メンバーが揃った1983年の福岡国際

当時の福岡国際はオリンピックの1発選考(実質)の場だったこともあり、有力選手がこぞって出場。

特に、1983年は当時世界記録保持者だったアメリカのサラザール、オリンピック2連覇の東ドイツのチェルピンスキー、タンザニアの新星ジュマ・イカンガーが出場し大きな話題を呼びました。

日本からも瀬古利彦、宗兄弟、喜多秀喜が出場し国民が注目したレースです。

ラスト100mまでわからぬ展開

レースは終始イカンガーが引っ張る展開。35㎞地点ではイカンガー、サラザール、瀬古、宗兄弟、伊藤国光が6人で集団を形成。

39㎞でのイカンガーのしかけによって集団は解体し、対応できた瀬古とイカンガーの一騎打ちに。イカンガーはラスト2.195㎞を6分20秒台で走っており猛烈なスパートだったが、瀬古は淡々と後ろにつきます。

驚異的ラストスパート

トラック勝負になるが瀬古選手は慌てません。

ラスト100mで一気にスパート。ギアを上げたその瞬間に一気にイカンガー選手を置き去りにしました。そのスピードはさながら短距離走。中距離出身で、ラストスパートに圧倒的な強みを持っていた瀬古選手の良さがいかんなく発揮されたレースが1983年の福岡国際マラソンだったのです。

タイムも2時間8分38秒で、日本人初の2時間8分台でした。

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*