【読書録】「一瞬の風になれ」― 短距離走の世界をのぞく

一瞬の風になれ

「佐藤多佳子さん著『一瞬の風になれ』を読んで」

この記事ではそんなことをつらつらと書いてみました。
※ネタバレなし

「一瞬の風になれ」でのぞくスプリントの世界

今回読んでみたのは、一瞬で勝負が決まるスプリンターの世界を描いた全3巻の長編小説「一瞬の風になれ」。15年近く前の本ですが、本屋大賞を受賞したこともあってタイトルはよく知られています。

同じ走ることでも、長距離と短距離では求められる能力やトレーニングは全く違うものになってきます。「一瞬の風になれ」は実在する神奈川県立高校の陸上部を取材して書かれているので、スプリンターの日々の練習やメンタルのコントロール方法を知れて面白かったですよ。

全編を通して、主人公の神谷新二の視点から物語が進みます。高校1年生から3年生まで成長していく新二の目線で陸上部の仲間たちやショートスプリントの魅力が語られるので、高校の部活を経験した人は何だか甘酸っぱいような気分になるかもしれません。精神的にはまだ子どもなんだけど大人になりかけていて、でもわからないことが多いから新しい経験が面白くてドキドキする。そんなティーンネイジャーの心の動きが楽しいです。僕としては、スプリンターにとっての走ることの意味が垣間見えて興味深かったなぁ。

0.01秒を削り出すスプリンター

長距離では1秒の違いは超僅差。しかし100m走においては0.1秒でも大きな差と言えるのです。東洋大学の駅伝のスローガンは「1秒を削り出せ」ですが、短距離走の選手は0.01秒を縮めるために日々練習に取り組んでいます。

しかも天秤の針が努力よりも才能に大きく振れているので、トレーニングを重ねても結果が出にくいです。さらに、筋肉にかかる負荷が大きくコントロールできない怪我のリスクが常につきまとう。オリンピックのリレー本番でウサイン・ボルト選手が肉離れをしたように、予期しない結末が待っていることもあります。

実に繊細で難しい競技ながら、オリンピックの全競技で最も注目されるのは100m走。号砲が鳴ればフィニッシュラインに速く到達するだけのシンプルな競技。どれだけ複雑な社会に変化していっても、ひたすら速さを求める100mが花形種目であり続けるのは安心します。

なぜ走るという行為に惹かれるか

「一瞬の風になれ」や「あと少し、もう少し」、「風が強く吹いている」など陸上の走種目を描いた小説は数多くあります。その多くに共通しているのが、走ることの魅力を言語化しようと試みていること。主人公は自分が走ることの意味を理解しようとトレーニングを積みながら必死で考え続けます。導き出す結論はそれぞれ違うし、時には結論が出ない場合もあります。それでも、どうしようもなく「走る行為」に惹かれているのは間違いないのです。

僕も走ることが好きだけど、なぜかはうまく説明できない。ランナー同士で話していても、言語化するのが最も難しい話題の一つのように感じます。

村上春樹さんの「走ることについて語るときに僕の語ること」では、走ることが抽象的なレベルから具体的なところまで書かれています。頭の中のイメージを明確に言葉にできるってスゴイ。

今のところ「両足が地面から離れること」が僕にとっての一つのポイントなように思うのですが…。つまり重力の影響に抗うこと。

ランニング歴数十年のベテランから聞いた「どんなに遅くても、たとえ歩くのと同じスピードだとしても走りたい」という言葉にヒントが隠されている気がしています。

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